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「生まれる場所は選べなくても、環境は変えられる」----社会の理不尽さ、不公平さを知る弁護士がフェアな社会をつくる 松尾あきひろ

2020.10.01(木)/


東京大学法学部を卒業して大企業に就職。その後ITベンチャーを起業したかと思えば弁護士へ転身......。この経歴だけを見て"エリート"と揶揄されることもあるが、松尾あきひろはただ敷かれたレールの上を歩いてきたわけではない。

松尾が新しく政治家への道を歩み始めたのは、弁護士の仕事をとおして育まれた「フェアな世の中をつくりたい」という思いがあるからだ。この13年間、弁護士として様々な人間模様に関わりながら、世の中の理不尽さ、不公平さと向き合ってきた。この肌感覚があるからこそ、伝えられるものがある、変えていけるものがあると考えている。

「これから生きるすべての子どもたちに、未来に対して希望が持てる日本を残していきたい」と語る松尾に、今の日本が抱える課題と政治家としての展望を聞いた。

少年犯罪は、手を染めてしまった本人だけのせいではない

----自己紹介をお願いします。

松尾あきひろです。東京都世田谷区で生まれ杉並区で育ちました。家族は両親と一卵性双生児の弟が一人、ほかに兄と弟が一人という男4人兄弟の2番目です。新卒で日本電信電話株式会社(NTT)に就職しましたが、新しい物事を自分の手で生み出していきたいと思い、友人とITベンチャー企業を立ち上げました。そこで新たな事業をつくるために司法試験を受けたのですが、それをきっかけに弁護士に転身。法律事務所を設けて、今年で13年目になります。


----弁護士の仕事で、心に残っている出来事は何ですか?

7年ほど前、窃盗・恐喝の罪で逮捕された16歳の少年の弁護を担当しました。結構派手に刺青が体に入っていた姿は、今でもよく覚えています。その少年は小さい頃からお母さんが非正規雇用で昼夜ともに働いていて、孤独を感じることが多かった。それで夜間に外を出歩くようになり、「周りのみんながやっていることだから」と非行に走ってしまったんです。一緒にやらなければ、仲間外れにされてしまうという恐怖もあった、と話していました。みんなが用意周到に犯罪者になるわけはないんです。

----その少年に出会って、どんなことを感じましたか?

弁護士と犯罪者というかけ離れた立場で相対して接見している時、この立場の違いって、置かれた環境の違い、選択肢の数の差の積み重ねでしかないな、と強く感じたんです。経済的に困窮している地域では犯罪発生率が高いとか、統計的な知識はありました。でもそんな単純な話じゃない。犯罪に走る以外に、おもしろいと思える選択肢が周りになかったり、、、といろいろなことが複雑に絡み合って、今の立場の違いができてしまった。理不尽でけしからんというよりは、この世の中フェアじゃないな、と割り切れない思いでしたね。

どんな環境にあっても幅広い選択肢を持てる社会を作りたい。少年犯罪をしてしまった子に限らず、他にもたとえば、家庭の経済的理由で子どもが大学進学を諦めてしまう、子育てを理由に女性が職を得ることができないといった、外的な理由で選択肢が狭められてしまう状況をなくしていきたい。その少年に出会ってから、強く思うようになりました。

黒塗りの報告書しか出てこなかった、いじめ裁判

----その問題意識は、どのように政治家になるという目標につながっていったのですか?

小学校3年生の女の子がいじめを受け、傘で叩かれて顔をケガしてしまった事件の裁判を担当したことがありました。学校の先生たちを介した話し合いでは、なかなか解決しなかったんです。

裁判は証拠がないと前進しませんから、関係者からの聞き取りや、裁判所の手続きを経て学校や教育委員会へ、指導に関する資料などを開示するよう請求しました。でも、提出された資料は肝心な部分が黒塗りで、聞き取りを要求した関係者も、裁判に出てこない。

結局、証拠が不十分なまま4年ほど続いた裁判では解決できず、結局、いじめた側からお金を払ってもらって和解となりました。でも、いじめの噂が町に広まってしまい、いじめた側の子が、進学した中学校で逆にいじめられてしまった。

いじめた側もいじめられた側も保育園からの同級生でした。裁判を起こした親御さんが望んでいたのはお金ではなく、なぜそのいじめが起こったのか、実際にいじめの行為として何をやって、現場ではどういう対応がされていて、これからどうなるのかを明らかにして、解決すること。なのに、情報開示が不十分だったために、誰も幸せになれずに、やるせない気持ちでいっぱいでした。

裁判って、公平・公正に行われている、というのが一般の感覚ですよね。でも実際は情報が十分に出てこないという大人の勝手な都合で、子どもたちに幸せな環境を提供できなかった。娘を持つ父親として、悔しかったし、何としても解決しなければならないと思いました。

でも、現行の法律や制度にしたがって仕事をする弁護士のままでは、国に訴えかける程度のことしかできない。それなら自分が国会議員になって、情報公開も、どんな環境に生まれても幅広い選択肢を持てる社会づくりもしたい、と思ったんです。

----情報が出てこないのは、どんな障壁があるからなのですか?

情報公開や個人情報保護については、法律上の定めがありますが、それぞれに様々な例外規定があって、開示側の都合でいかようにもできてしまう。もちろん個人情報の保護は重要です。だから開示した情報に閲覧制限をつけるなどして、外部に漏れないようにするなど、情報開示を進める工夫をする落としどころを探る必要があります。


もうひとつの顔は、一人娘を愛するお父さん

----松尾さんは8歳の娘さんのお父さんですよね。子育てへの関わり方はどうですか?

うちは共働き家庭です。自分で弁護士事務所を経営していて、時間の融通がきいたので、保育園の頃は週に3、4回お迎えに行き、帰宅後はご飯を食べさせて、お風呂に入れて、寝かしつけて......と全部やっていましたね。共働きの子育ては大変ですが、「親は無くとも子は育つ」と言いますし、あまり世話を焼きすぎないようにもしています。

----政治家になろうという覚悟・決意は、お子さんが生まれたのも後押ししたのでしょうか?

そうですね。子どもの未来に責任を持って生きていきたい、と思うようになりました。正直に言えば、選択肢のひとつとして日本に見切りをつけて海外で生活をすることを考えたときもありました。実際、周囲には窮屈な日本を出て海外で活躍している人もたくさんいます。

でも、本来社会を引っ張っていく世代の自分がそれをするのは、無責任な気がして。海外に行くことが悪いのではなく、その選択をさせてしまう今の日本に課題があるんですよね。だから私は、海外により良い環境を求めるのではなく、政治を通して日本をより良くすることに取り組みたいと思ったんです。

頑張る機会すら、今の社会は奪っている

----松尾さんは現在の日本の課題をどう考えていますか?

高度経済成長の昭和を終えて、社会構造はすでに変わっているのに、それに政治が追い付いていないと考えています。今まではなんとかなってきた部分がありますが、このままでは日本はダメになってしまう、と危機感を持っています。

終身雇用は崩れ非正規雇用が広がり、企業による安定した十分な賃金、手厚い年金、医療保険の恩恵を受けられる人は減る一方です。また人口が減少しているのだから、多様な人が働き、イノベーションを起こしていくことがこれからの日本経済には必要です。有り体に言ってしまえば、いろんな人が、いろんなことした方が、社会も経済も活性化しますよね。

なのに、いまだに大企業優遇の税制、社会保障の切り下げを続け、経済格差が広がっています。頑張ればすべてが叶うわけではありませんが、頑張る機会すら今の社会は奪っています。

----国政で実現したいことは何ですか?

どんな環境に生まれても、やりたいことに挑戦できる社会、若者が未来に希望を持てる社会に変えたいです。教育の無償化、所得再分配の強化、社会保障と公的扶助の充実とそれに見合った税制への改正、職業訓練の充実、情報開示制度の拡大など、さまざまな方向からのアプローチが必要です。

----立憲民主党から立候補したのはなぜですか?

なぜ自民党から出ないの?と言われることは、よくあります。でも自民党の硬直した組織では、日本をドラスティックに変える価値観の転換は難しい。立憲民主党の柔軟な組織で、新しい価値観を世の中に訴え、政権交代を実現しないと、今の社会は永遠に変わらないと思っています。

明日はどうなるかわからない。だからこそ今、政治とまっすぐに向き合う

----最後に、松尾さんが生きる上で大切にしていることがあれば教えてください。

私は「誰に対しても対等でありたい」と思っています。人生のポリシーと言ってもいい。目上の人が積んできた経験に敬意を払うのは当然として、そういう話ではなく、偉いと言われる立場の人に対して変にへりくだりたくないし、逆に社会的に弱い人に対して偉そうにしたくない。

社会的な地位や立場だけで、どんな人なのか判断することはできないし、地位や立場なんていつだって変わるものです。儲かりすぎて大変だと言っていた社長が、3年後に破産したいと法律相談に来たこともありました。私だって明日交通事故に遭って、働けなくなるかもしれない。そこに関してはみんな、同じなんです。私は弁護士という、いろいろな人間模様を見せていただく仕事にたまたま就いていたから、それに気づけた。だからこそ、今できること、私の場合は政治で社会を変えることにまっすぐ向き合って行動していきたいと考えています。


松尾あきひろ AKIHIRO MATSUO

1975年、東京都世田谷区生まれ。私立武蔵中学校・高等学校、東京大学法学部卒業、成蹊大学法科大学院修了、一橋大学大学院国際企業戦略研究科修了。
1998年日本電信電話株式会社(NTT)入社。1999年ITベンチャー企業に転身。2003年ITベンチャー企業の代表取締役就任。2006年司法試験合格。翌年松尾千代田法律事務所設立。企業法務から痴漢冤罪、いじめ、少年犯罪などさまざまな案件を取り扱う。

妻と8歳の娘の3人家族。趣味はスポーツ。身長187cmの体格をいかして中学から大学までバレーボール部所属。観る方では熱心なジャイアンツファン。新しい電車が登場すると乗りに行ってしまう「乗り鉄」の一面も。